■ 読書感想63  清水コウ「私の山」

「私の山」序文より

”  好きになった男に彼女がいて、そういう場合私はいつも、
   その彼女のことまで好きになろうとしてきた。
   好きな男に属する全てを好きになってしまいたいと欲するから。
   学生時代の最後に好きだった男が結婚した。
   お人好しな私は結婚式の写真まで撮った。
   初夏、妻と逢い引きした。
   場所はお互いの中間地点。
   夕焼けの向こうに居る山を指差して、
   私あそこから来たんだよ!と妻がはしゃぐ。
   そして私は、山も妻もまるごと全部好きになる。”

 

物憂げに明るい。
息を詰めた静かな呼吸が騒いでいる。

物思いに指輪を眺める。
だんだんと指輪の持つ意味を理解する。
そして指輪近く揺れる妻の顔に光が差す。
この人と自分の違いを考える。
でもその差異を愛そうと誓う。
愛したことがやがて自分に返ってくる、
そんな予感がしたから。

妻が寝ている時、息を殺したけど気配は鳴っていた。
夜の気配と見開いた眼の気配が交錯した。

指輪はじっとその様子を見つめていた。

自分にとっても門出だった。
海の光に吸い込まれて、過去の自分が消えた。
自分を愛せた証だった。

清水と僕が初めて食事に行った時、この作品を見た。

“山も妻もまるごと全部好きになる”

前書きのその一節に僕の心は揺れた。
当時僕は最愛だった別れた彼女をまだ思っていた。
その女性は愛の深い人だった。
まるごと僕を愛してくれたその女性と清水が重なった。

この人となら歩けるかもしれない・・・

そんなことを思った。

僕は知っている。
清水がまるごと好きになるのは、傷つきながらだ、ということを。
目が泳ぎながら、声が掠れながら、清水は必死でまるごと好きになる。
清水は健気だ。
だから僕は清水が好きだ。

本当は清水に聞いてみたいことがある。
初めて会った時、僕はどこから来た、とはしゃいだように見えただろうか、ということを。

 

清水コウ「私の山」  /  2022年6月21日発行  /  Masato Co.