■ 読書感想92 伊藤昭一「叢草の舟」
淡い透明感、息が整った静謐。
輪郭を持った色彩、澄み切った視界。
遠過ぎず近過ぎないポイントに視点を据え、祈るようにシャッターを切る。
色彩のエッジには意識が織り込められ、視線の余波には無意識が広がる。
かくしてイメージサイズの端々には集中力が宿り、一枚の写真ははっきり写る。
静かな心で、寡黙に海に通う。
季節は移ろい、夕陽は沈む。
草花は真っ盛りを迎え、海は低く鳴る。
伊藤さんは華美なことを求めていない。ただ来る日も来る日も同じように静かだ。遠過ぎない何かを見つめ、今こうして風景が目の前にあることを受け入れ、そのあり様をそのまま肯定する。夏も冬も 朝も夕も、晴れも曇りも 光も闇も全てそのまま、そのままの状態に身を委ねる。
写真は内側から撮るもののようで実は違う。写真は目の前のことを見つめ、そこにあるものを掴まえて来る作業だ。伊藤さんの写真が静かなのは、伊藤さんという人が静かだからではない。繰り返し風景の前に立つことで、見たものを掴まえるという情緒ではない、時に残酷な行為が自然な状態であるという境地を得たからだ。
写真家とは、ヒューマニストのことではない、それが何を意味しようとも構わない、目の前のことを掴まえるリアリストのことなのだ。
伊藤昭一「叢草の舟」 / 2025年8月1日発行/ 蒼穹舎


