■ 読書感想59  中平卓馬「新たなる凝視」

一度止まったものが動き始める、
それが止まっている。
視線と視線が交錯し一瞬止まり、
そして識別した対象への反応がメラメラと躰を巡る。

白は真っ白に飛び、黒は潰れている。
ほんの一瞬は時の長さを持ち、
その時の長さのほんの一瞬が拡大され、
細部であるはずの細部が描写されない。

空から地上を歩く人の顔を見るように、
緻密な情報とは無縁の、でもそうであるが故の、存在のムードの強い印象、
それが実現している。

車で街を走る。
車窓から一瞬だけ人の姿が視界を過ぎる。
その人の姿が男であったか、女であったかわからない。
そうして、残像を辿る。
瞼に焼き付いた一瞬の姿、
その姿に意識をフォーカスする。
骨格、頭髪の長さ、胸の膨らみ、肢体のムード、存在の匂い…
そうして何かの事実に突き当たる。
「多分さっきのは男だ!」

中平さんの写真は生身の人間が提示する、
柔らかな事実だ。
対象の存在の在りようを支える、根源的な事実。

僕たちは事物を見る時、一体何を見ているのだろう?
僕が男だとしたら、何故男だと言えるのか?

未だ言葉にならない事実に僕は言葉を当てはめてみた。
証拠なんてない。

多分それが答えなんだろう。

 

中平卓馬「新たなる凝視」  /  1983年1月25日発行  /  晶文社