■ 読書感想65 熊谷聖司「心」
淡い透明感。
優しい心音 トクトクトク。
被写体と光が写真の中で戯れている。
揃えられた靴と光が出会い、
どちらからともなく呼応しお互いがそうあることを許している。
熊谷さんは官能し、世界はそれを受け入れる。
世界は熊谷さんの恣意を気にも留めないから、熊谷さんはそんなことも忘れ、人肌温度の呼吸をゆっくり吐く。
透明感が写真を支え、熊谷さんの心音が光を封じ込める。
写真はこの世界と隔てられ、かくして写真は生温かなパラレルワールドとなる。
写真が、淡いようで少し絡みつくようにネットリしているのは、熊谷さんの呼吸が写り込んでいるから。
自分ではコントロール出来ない何かの質が写真のキーだから、熊谷さんの写真に通底するのは人の匂いなんだと思う。
光に誘われ人は生を受け、
光に吸い込まれるように生を終える人は、
一つの人生で2回光を潜る。
始まりと終わりの光の間にあるのはだから闇だ。
だからこそ僕はいつも光の中にいたいと思う。
光の人はその光と同じ分だけ闇を知っている。
何も見えない闇の中で絶望した人にだけ、光は訪れる。
絶望は大切だ。
期待を捨てるから。
期待はコントロールしようとする恣意から生まれる。
恣意は通用しない、その事実を体で理解した人にだけ光は訪れるのだ。
熊谷さんが絶望したかは知らない。
ただ写真の中の光を見ていると、
昔僕が見た光を思い出すのは確かだ。
熊谷聖司「心」 / 2022年8月12日発行 / マルクマ本店