■ 読書感想68 川口和之「ONLY YESTERDAY」
僕の生まれた1970年代の、そして僕が育った1980年代初頭の空気。
通学路には石炭の匂いが立ち込めていて、テレビでは演歌が流れ、記憶の奥の方にあり、でも風化せずに脳裏にこびりつく強い印象。
多分これは饐えた人間の匂い。
探し物があって箪笥の奥を探り、何年も開けていない抽斗を引っ張ると、探し物ではない懐かしいアイテムが偶然顔を出し、そのアイテムが目に飛び込む瞬間サーッと広がるその時代のエーテル。
川口さんの視線は何か特別際立つのではなく、ニュートラルにしかし明晰になんでもない光景にシャッターを切る。
興奮して呑まれるわけでもなく、
かと言って何も感じないわけでもない。
あくまでポジティブでありながら飄々と状況を切り取る。
多分川口さんは同化している。
シーンに、雑踏に、時代に。
明るいのに重たく、噎せ返るのに渇いている。
写真はまるで川口さん自身のようだ。
川口さんの写真の絵面は全て結果的に撮られたものだと思う。
なんでもない光景に川口さんはきっと何かを見ている。
写真において確固として完成された絵面など存在し得ない。
だから目まぐるしく変遷する目の前の光景はいつも過渡期だ。
もし仮に川口さんが好んで選ぶ瞬間があるとすれば、それは実体のない雑踏の中に、
実体のない確証を持てた時だと個人的に思う。
世界は空(くう)なのだ。
川口和之「ONLY YESTERDAY」 / 2010年12月15日発行 / 蒼穹舎