■ 読書感想30  椙本三枝子「夢幻紀行」

体の奥から絞り出す塩っぱい吐息が可愛い。

死に方を知っているから生が昏くて、
生きていることが死に近いから、影がある。
影に汗や吐息の湿度がこびり付き、
湿度に体内の匂いが飽和している。

存在は重くて、
そこに人の体温が通えば、存在は可愛い。

幼い頃、北海道で書道を習っていた。
教えてくれるのはおじいちゃん先生とおばあちゃん先生。
顔を僕の顔に寄せて書き方を伝える先生の息は二人とも同じ匂いがした。
生温かくて、内臓の匂いがした。
でもその匂いは僕を嫌な気持ちにはさせなかった。
僕はおじいちゃん先生とおばあちゃん先生の匂いの中心の、
形もない何かに思いを馳せた。

不思議な感覚だった。
何かが見える気がして、それは実体と終わりがなかった。
掴める気がした。
質感もあった。
でも見えるようで見えなく、終わるようで終わらなかった。

多分僕はあの頃、続いてきた 血 を思っていた。
脈々と続いてきた 日本人 という血。
どの時代かもわからない、遠い祖先の体内の匂い。

この写真集に写る人形たちと、二人の老人の吐く息の匂いが重なった。
多分これは大昔から続いてきた大和の心。

人間は本当に様々だ。
残酷で温かい。
煩悩が燃える匂いは鼻を衝く。
臭いけど愛おしく、狂おしいくらいめんこい。

僕はそう思う自分を好きになる。
日本人はこうやって続いてきたのだろう。

 

椙本三枝子「夢幻紀行」  /  2016年9月3日発行  /  蒼穹舎