■ 読書感想55 長谷川諭子「River in a Long Valley」
素朴な世界と虚飾。
純朴に濡れた少女が首飾りを付けるように、自然でありながら 寂しさを覆うように、少し背伸びをするように、力んだ息遣いがある。
澄んだ世界と人工の光。
さりげないカメラワークと眩しい色彩の対比。
そして、匿名な1人の女性の実体とそこを流れる一本の大きな河。
河は普遍の具現だ。
僕たちは一本の大きな河のほとりで、喜び苦悩する。
この河は誰にも等しく流れ、
誰にも実体はわからない。
僕の父親が末期癌で、最近だいぶ痩せた。
痩せたなぁ、と一人家で思い返し、
父親との思い出が頭の中で流れる。
着る物に拘らず、趣味も特にない。
自分のことを話さず、寡黙でいつも自分の部屋のパソコンでカードゲームをしている。
静かな部屋で時折、カタカタとキーボードを叩く音がする。
そんな父親を思う時、河は流れる。
静かで、運転をすると人格が変わる。
不器用に優しく、無骨で、皆に食事を振る舞うのが好きだ。
こちらがよく食べると 売れた売れた と喜ぶ。
そんな細やかな父親の人生を思う時、
河のせせらぎの音が聞こえてくるのだ。
長谷川さんは生きることを大切にしている。
ハイキーな時代を享受して、長谷川さんの事情に取り組む。
長谷川さんがお母さんを丸ごと心の中に入れて、お母さんを心の眼で見始めた。
自分ではない自分のルーツ。
湧いてくる 自分の感情の理由がよくわからない。
でも、愛しい。
そして愛しいだけではない、わからない何か。
河の音が聞こえてきた。
でも河は見えない。
多分僕は河の中にいる。
長谷川諭子「River in a Long Valley」 / 2022年4月1日発行 / 長谷川諭子(私家版)