■ 読書感想78  林朋奈「フラグメントライト」

素朴が霞んでいる。
輪郭が淡く、視線が被写体にコツッと当たる。
自意識を捨てる。
やがて息を詰めた朋奈は静かに遠い視線を投げかける。

遠い視線とは何だろうか?
きっとそれは迫真から遠く、でも一つ一つ丁寧に理性の朋奈が獲物を射抜くこと。

暗がりで息を潜め、獲物を一つ射るには充分な、
でも過剰さは欠片もない、ニュートラルで冷徹な視線。

動物というには獰猛さから遠く、優しいというには冷酷な、
自分で動機も分からない活人の視線。

写真が素朴なのは朋奈にあざとさがないからだと思う。
朋奈は必要最低限の力だけを行使し、一つ一つ正確に獲物を射抜いていく。

感情がないとは言わない。
優しさも滲んでいる。
でも残酷なほど正確に仕留め、切り取られた世界は素朴な美しさがある。

何故残酷なのに素朴なのか?
それは朋奈が摂理に誠実だから。
悪意などなく、彼女は素直に生態系に順応する。

黒い部分の無い人などいないと思う。
それは朋奈も例外ではない。
残酷さも冷酷さも携えながら、世界がpositiveなのは、
彼女のカメラワークが浄化に成功しているからだと思う。
朋奈を通過した世界は彼女の体の中にある純粋に洗われ、
美しさを纏う。

人間社会などつまらない。
誰かを傷つけても、それでも自分の魂を信じることで、自分の尊厳を守ることがある。
魂を信じることは、ある時には美しく、また誰かにとっては危険だ。
でも危険な美しさを手にした人は甘美な夢を見るのだ。

朋奈の写真はそんな夢の残像だ。
淡く柔らかい心の暗がりで、白く光る夢遊の目。
自分では制御の出来ない詩的な覚醒。
夢の美しさに驚いているのは他ならぬ朋奈自身なのだ。

 

林朋奈「フラグメントライト」  /  2023年3月1日発行  /  3rddgbooks