■ 読書感想86  多々良栄里「遠くから太鼓の音が聞こえる」

ニュートラルな色彩の質感に塗れる。
真っ直ぐな視線は世界の機微を機敏に捉える。
濃縮されたエッセンスが写真に密度を与え、だから空が真空だ。
ノイズが綺麗に取り除かれ、あるのは世界が蠢くそのわななきだけなのだ。

多々良さんの写す世界は、真空の大気の中で、被写体がその存在の音を鳴らす。

鳥は翔ぶ。
花は咲き、
波は轟く。
人は在り、
蝶は震え、
波紋は拡がる。

真空の中で、一つの何かが一つの何かをする。
その時、一条の光が世界を照らし、
存在が露わになる音がする。

きっと存在は絶えず音を発している。
でも光が当たる時、僕たちはやっとその音に気づくのだ。

音に鱗粉を塗し、そこに光を当てる。
それが写真だ。
目に見える音を存在と呼び、
カメラを使ってその存在を封じ込める、
それが多々良さんだ。

多々良さんはいつだって存在が露わになる音を聴いている。
多々良さんは光なのだ。

多々良さんは不思議だ。
得体が知れないし、実際の正体もわからない。
多々良さんは魔物を飼った光だ。
耀きながら、黒く光るのだ。

 

多々良栄里「遠くから太鼓の音が聞こえる」  /  2023年9月23日発行  /  蒼穹舎